はじめに
2013年後半に、シリコンバレーで最も知られているスタートアップアクセレレーターである、Y Combinatorが、”SAFE (Simple Agreement for Future Equity)”と呼ばれる新しいタイプの転換証券を導入した。SAFEがどのようなものかについては、日本国内でも一部の日本の弁護士やベンチャーキャピタリストたちが触れているが、実際にシリコンバレーでSAFEがなぜ使われているのか、そしてどのように使われているかについての情報は、国内ではまだ限られている。そこで、この投稿(及び今後の投稿)では、その点につきシリコンバレーの現実に触れつつ説明していきたい。
私はロイヤーとして、数々の日本の企業や、シリコンバレーの投資ファンド、米国のスタートアップ等に対して、シードファンディングについてのアドバイスをしてきたが、最近では米国、特にシリコンバレーでSAFEが用いられるケースが多く見られるようになってきており、また、米国の投資家やスタートアップ創業者たちの間でも、シードファンディングのオプションとしてSAFEが広く認知されるようになってきた。
この投稿では、「なぜシリコンバレーの投資家たちはシードファンディングでSAFEを使うのか?」について説明していきたい。
そもそも、一般的にはSAFEよりも転換社債の方が投資家にとって有利であり、かつ転換社債の方が認知度が高く、いまだに米国のシードファンディングでは最もよく使われているツールである。では、なぜ投資家は、自分たちにとって有利にはならない別のツールをわざわざ使うことに合意するのだろうか?
SAFEの主な特徴
なぜ投資家がSAFEを用いることに合意するのかについて理解するために、まずはシリコンバレーのシードファンディングについてと、SAFEの特徴について少し触れたい。
米国におけるスタートアップのシード投資は、一般的に、普通株式、優先株式、転換社債、コンバーティブル・エクイティ(CE)のうちどれかを用いる。元々は、普通株式がシリコンバレーのシードファンディングでは最もポピュラーなツールであったが、2005年頃に、シードファンディングのツールとして初めて転換社債が用いられると、以降、米国のシードファンティングでは転換社債がポピュラーになった。ところが、ここ数年、CE、それもSAFEの形態にしたものがポピュラーになってきているのだ。
SAFEは、Y Combinatorのジェネラル・カウンセルが、数々のベンチャーキャピタリストやロイヤー、創業者たちと協力し、コンバーティブル・エクイティが、創業者と投資家の双方にとってフェアになるよう、そして、転換社債についての交渉において時間や手間が軽減されるよう、新たに作り上げたものである。転換社債と比較するとSAFEには、(1)シンプル、(2)早い、(3)創業者に有利、といった特徴があるといえる。下記にそれぞれの特徴を見ていこう。
シンプルさ
SAFEは、転換社債やその他のシードファンディングで用いられるツールに使われる条件の一部を排除しているため、シンプルな作りになっている。例えば、転換社債と同様、SAFEには資金調達をする際の企業価値は求められていない。一方で、普通株式や優先株式の場合は、企業価値は必須条件となっている。また、転換社債のように、SAFEはシリーズAの資金調達段階において、(通常は)ディスカウントレートやバリュエーション・キャップに基づいてシリーズA株へとシンプルに転換できるが、転換社債とは異なり、SAFEには満期や利息がない。これはつまり、創業者と投資家が、SAFEの満期や利率について交渉する必要がないということだ。また、創業者は資金調達のラウンドを一度クローズしてしまえば、SAFEの満期や、満期日の延長について投資家と交渉する必要性について心配する必要はなくなる。
早さ
SAFEは、シンプルかつ簡単な契約書(雛形はY Combinatorのウェブサイトから入手できる)なので、重要な条件はすぐに決めることができる。そのため、創業者と投資家は、遅滞なくシードファンディングを締結することが可能となる。日本では、新株予約権は登記しなければならないが、米国ではSAFEを使った投資には登記は不要である(アメリカの会社法では、登記というコンセプトがそもそもないのがその理由)。従って、資金調達を完了するために必要なことは、投資家と会社がSAFEの契約書に署名し、投資家が資金を送金するだけなのだ。
創業者への有利性
SAFEは、他のシードファンディングのためのツールと比べ、一般的には創業者にとって有利になっている。典型的なSAFEの契約では、投資家に対する保護条項 (protective provisions)はない。SAFEの保有者は株主とは違っており、会社の取締役も信任義務(fiduciary duties)を負わないのだ。実際、大半のケースで は、SAFEの保有者は(i)将来のエクイティ・ファイナンスまたは合併の際にSAFEを転換する、(ii)会社が解散した際に返済を受ける、という権利を除いては、基本的にはなんらの契約上の権利を有しない。 つまり、一般的には、SAFEの投資家がスタートアップ企業に対して有するリーガル上の交渉力は非常に限定的なのだ。投資家は”along for the ride”(創業者が運転する車にパッセンジャーとして乗っているだけ)となっている。They are “along for the ride” (英語をそのまま残し説明を追加したらいいかな) with the founders.最後に、SAFEはエクイティの一種であるため、会社の資産に対する優先順位は債権に劣後する。
SAFEの重要な条件
Y Combinatorは、SAFEをシンプルなものに保つべく交渉条件を少ししか入れていない。多くの場合、創業者と投資家は下記の条件しか交渉しない:
- 投資額
- ディスカウント(ある場合)
- バリュエーション・キャップ(ある場合)
もちろん、追加の条件や別の条件で交渉される場合もあるが、上記が典型的なSAFEの基本構造となる。これらの条件が交渉され契約が締結されると、投資家は送金し、投資が完了する。
ではなぜ投資家はSAFEを用いるのか?
では、なぜシリコンバレーの投資家たちは、転換社債では通常得られるはずの保護(protections)を犠牲にしてまでSAFEを使うのだろうか?その理由の大部分は、シリコンバレーのスタートアップのエコシステムにあり、日本のエコシステムとは異なるところも多い。下記に、一部だがそのポイントを説明する。なお、下記の説明は各要因の概要に過ぎず、また、その他の要因もあることは念頭に置いてほしい。
- シリコンバレーの多くのシード投資家は、少数のいわゆる”ホームラン”的な投資リターンを求めており、それ以外の投資については投資額の回収についてさほど心配をしていない。なぜなら、ホームラン投資から得られるリターンに比べて、その回収額は無意味になるほど小さいからだ。
- シリコンバレーにおいて、”ホット”なスタートアップへ投資できる機会・アクセスをもつためには、投資家としての評価を高めておくことが非常に重要となる。転換社債の満期日に返済を得ようとしてスタートアップ企業へ圧力をかけたあげく破綻させた、などという行為は悪い評判を得てベストなディールへのアクセスを失うことになるため、たとえ投資家が転換社債を用いた投資をしようとも、投資家としての評判を考慮して普通はprotectionsを行使しないのである。
(シリコンバレーでは、この手のブログや掲示板、イベントなどによる情報共有システムがとても充実している。) - 前項と同様、シリコンバレーでは創業者にとっても、投資家から資金を得るために良い評価を得ておくことは重要である。つまり、たとえ投資家が転換社債の契約上のprotectionsをもっていなかったとしても、創業者は良い評価を維持するために投資家への対応を良くすべきというインセンティブにつながっているのだ。スタートアップは、シード投資の後もシリーズA、シリーズBなどの資金調達を行っていくため、評判が悪く次の調達が出来ないということになれば、自分の首を締める結果になるのである。
- シリコンバレーのシードファンディングでは、投資家のリーガル費用やその他取引にかかる費用はスタートアップ企業が支払うことが多いが、その費用は一般的に投資家から支払われた資金によってまかなわれる。つまり、結局のところ投資家はかかる費用を自分で支払っているようなものなのである。従って、そういった費用が少ないSAFEは投資家にとっても魅力的ということになる。
- Y Combinatorは、2013年から自身のポートフォリオ企業への投資にSAFEを用いている。これはつまり、シリコンバレーで成功しているスタートアップを含む多くのY Combinatorの卒業生が、SAFEの形態で資金を調達していることを意味する。シリコンバレーのシード投資家やベンチャーキャピタリストたちは、いまやSAFEでの投資に慣れているといえるだろう。
- いまや多くの投資家が、シリコンバレーで有望な会社へ投資したいと考え機会を伺っているが、これらの会社が必要とする調達資金は多くはない。つまり、需要と供給には偏りがあるため、会社側は資金調達に際して条件交渉により強気に出られる。SAFEは転換社債よりも創業者にとって有利なので、創業者はSAFEでの投資を要求することも多く、投資家は創業者の要求に答えてSAFEでの投資に応じるのである。
米国スタートアップ企業とのシード投資に関する交渉
上記のように、米国でのスタートアップの資金調達環境は日本とはかなり異なる。この違いが、シード資金調達の条件交渉に際してのダイナミクスを変えているのだ。例えば、アメリカのスタートアップはシンプルな書類に慣れており、日本よりも迅速にシード投資を完了させる。そして、一般的には米国のスタートアップは、シード段階であっても交渉に際して強気に出られたり、シード段階でのバリュエーション・キャップも、株式を発行して資金調達をする日本のスタートアップが求める企業価値より大幅に高い価格がつく。さらに、シリコンバレーではエンジェル投資家が普通株式を購入することは非常にまれだが、日本ではいまだに一般的なケースである。日本と米国とのスタートアップのエコシステムの違いを理解することは、米国のスタートアップやベンチャー企業と投資条件を交渉し成功するために不可欠なのだ。
モンローシェリダン外国法事務弁護士事務所は、米国企業への投資に関して日本の会社へ定期的にアドバイスを提供しております。また、リード・モンローシェリダンは、慶應法科大学院にてStart-up Company and Venture Capital Law(スタートアップ企業やベンチャーキャピタルに関する法律)を教えております。SAFEやシードファンディング、その他米国企業への投資に関してご質問等がございましたら、モンローシェリダン外国法事務弁護士事務所までお問い合わせ下さい。
モンローシェリダン・リード
外国法事務弁護士(米国ニューヨーク州)
慶應義塾大学 法科大学院 特任講師
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